2022.09.16

今治の魚は、本当においしいの?ミシュラン店大将と伝説の漁師に聞きました。

今治の魚は、本当においしいの?
ミシュラン店大将と伝説の漁師に聞きました。


赤瀬淳治(あかせじゅんじ)氏

Junji Akase

1975年、愛媛生まれ。2001年末、今治市伯方島に「あか吉」をオープンし、2018年に今治の鮨屋で唯一ミシュランの星を獲得する。漁師・藤本氏と共に全国の魚を食べ歩き、情報交換や技術向上に励んできた。

 

藤本純一(ふじもとじゅんいち)氏

Junichi Fujimoto

1982年、愛媛生まれ。漁師の家の4代目。幼いころから家業である漁師を手伝い、18歳ごろから本格的に漁に出る。現在は、獲った魚を自ら神経締めして料理店に直接出荷するスタイルを確立。2021年、フランスのレストランガイドブック『ゴ・エ・ミヨ 2021』日本版において「テロワール賞」受賞。

 


 

さて、IMABARI LIFEでは、これまでいろいろと今治の海について取材してきましたが、どうも肝心なものが抜けていました。そう。海といえば魚。魚といえば鯛。そして鯛といえば瀬戸内海ではないでしょうか。

そこで今治の鯛について調べていた取材班が行き着いたのが、今治に「伝説の漁師」がいるという噂です。

「藤本純一くんですよね。宮窪の沖で漁をしていますよ。子どもの頃から船に乗っていて、いまでは日本中の有名店から魚を買いたいというシェフが順番待ちしています」

というのは、前回登場した大成さん。
すべての今治の歴史は、海にある!?(前編)

そこで、伝説の漁師の魚をぜひ食べてみたい!と考えた取材班は、伯方島の「あか吉」さんへやってきました。今治で唯一、ミシュランで一つ星を獲得したお店です。

ミシュラン一つ星店でいただく今治の魚

こんにちは。今日は、今治の魚と伝説の漁師・藤本さんの魚について取材しにきました。よろしくお願いいたします。

「こんにちは。どうぞよろしくお願いします」(「あか吉」大将・赤瀬淳治さん)


 
 

大将の赤瀬さんは、伯方島出身。ではずっとこの辺りのおいしい鯛を食べて育ったんですね!

赤瀬大将(以下、敬称略)「この辺りの鯛はおいしくないですよ」

…え?

赤瀬「このへんの潮流は速いので、その中でぐるぐる泳いでいる魚はマラソンランナーみたいなもの。エネルギー消耗が激しいので、まるまるとは肥えづらいんです。

なんだか話の雲行きが怪しくなってきました。え、えーと、このお店では来島の鯛は出してないんですか?

…赤瀬「出してますよ。うちの店の鯛は、この辺の鯛の中でも、たくさんの餌を食べてしっかり肥えた鯛を選んでいるので、 おいしいんです。ちょっとすみません、話がマニアックすぎますかね(笑)」

なるほど。そういう高度なお話でしたか。なかなか奥深い取材になりそうです。


 
 

ところで、それはもしや、伝説の漁師・藤本さんがとってきた鯛でしょうか?

赤瀬「はい。この店は20年ほどやっているんですが、その間、藤本さんとは15〜16年くらいお付き合いさせていただいてます。藤本さんが神経締めを始めるときに、いろいろ相談されて、あーでもない、こーでもないと一緒に試行錯誤して、藤本さんの技術がどんどん上がっていきました。いまでは藤本さんの魚を求めて世界中から料理人がやってきますね」

では、早速その藤本さんのとってきた魚をいただくことにしましょうか。

「熟成か、新鮮か」より、うまいかどうか。


 

まずは、モンゴイカの握り。コリコリした歯応えでずっしりと存在感のあるイカで、甘い後味が広がります。これはおいしいですね!

赤瀬「普通の漁師さんが捕った魚だと、だいたい2日目になると味がしなくなってしまうので、昆布締めにしたり、塩を打ったり、いろいろ仕事をしないといけないんですけれど、藤本くんの魚は、生食用で1週間以上持つので、3〜4日目までは味を確認しながら、なるべくその素材のおいしさを味わっていただけるような出し方をします。ちょっとだけ塩を打ったりするだけで、昆布で締めたりはしていないのに昆布の味がすると思います。魚そのものに旨味があるから」

江戸前でよくあるような、熟成させた魚というよりは、新鮮な状態で提供されるんですね?

赤瀬「新鮮というか、うまいものを出すんです。だから、わからない人には、『仕事していない』って言われます(笑)。仕事してないのではなくて、おいしいものを見極めて出しているだけなんです」

う〜ん、なるほど。料理って深いんですね!


 
 

そして鯛の握り。上品な甘みが口に広がります。「魚が苦手」という取材スタッフも、「これなら食べられる!」と驚いていました。

赤瀬「僕も、実は魚嫌いですからね。魚っておいしくないじゃないですか(笑)」

え。鮨屋なのに!?

赤瀬「藤本さんの魚はおいしいんですけど、他のところで食べたら全然おいしくないです。くさかったり、味がなかったり。外国の人がよく言うんですけど、日本の白身魚なんか食べても、かみ古したチューインガムを食べてるみたいだって。それはよく味がわかっていて、その通りなんですよ。実際そんな感じです。そういう人に本当にいいものを食べてもらうと、『こんなにおいしいんだ』ってわかってくれるんです」




 
 

そんなお話を聞きながら、次々とお料理をいただきます。すっきりと歯応えのあるカワハギに、肝がたまらなくおいしいカワハギの握りや、ふわっふわの鯛の煮付け。これも藤本さんの獲った鯛です。素材のおいしさを最大限引き出す『あか吉』さんのお料理は、今治の魚を味わうには最高のお店でした。ごちそうさまでした。

伝説の漁師・藤本さんの神経締め

大将の奥深い料理哲学を聞くにつれ、ますます伝説の漁師・藤本さんに興味が湧いてきた取材班は、次の日、伝説の漁師・藤本さんが漁をしているところへお邪魔しました。


 
 

藤本純一さん(以下、敬称略)「どうも藤本です。ちょっとしばらく魚を処理するので待っててくださいね」

なんだかとてもオーラのある藤本さん。あれ? そこにいるのは…?


 
 

『あか吉』の赤瀬大将! 昨日はごちそうさまでした。えーと、こちらでなにを?

赤瀬「いや、藤本くんの魚を買いに。あと、どんな取材されるのかなって(笑)」

…本当に仲がいいんですね!

この日は、藤本さんの他にも、松山の日本料理屋「海舟」の大将が魚を買いに来ていました。こちらもミシュラン一つ星のお店なのだとか。藤本さん、本当に一流の料理人さんから大人気のようです。

松山から魚を買いにいらしていた「海舟」の大将。

取材班は、藤本さんが獲った魚を処理する様子をひとしきり見せていただきました。獲った魚は、まず神経を壊して、半身不随にした状態で、1日泳がせておく。そうして魚のストレスを抜いてから頭部を一撃し、できるだけ苦痛を与えずに締める。それが神経締めのプロセスです。



 
 

ちなみに、その最初の一撃は、藤本さんしかできないんですか?

藤本「僕が忙しい時は、うちの嫁がほぼ同じことをできるのでやってもらいます。神経締めそのものは誰にでもできるんやけど、最初のヒトツキでしっかり済ませないと、魚が暴れてしまい、それによってストレスが溜まってしまうんで、そこがとても大事なんです 」

それがうまくできれば、ストレスのない状態で魚を締めることができ、クリアな身の状態になるのだとか。

藤本「一番大切なのは魚の選別。20匹獲ったら、いろんなレベルの魚があって、それを振り分けるのに目利きの力がとても重要なんです。 例えば、客単価5000円の店に、1kg 8000円の鯛を売りつけても、迷惑なだけじゃないですか。でも客単価6〜7万の店だったら『ありがとうございます!』となりますよね」

さっきのスピーディーな作業をやりながら、それだけのことを考えていたんですか!?

藤本「そうですね。魚を締めた時点で、この魚をどの店に送るかというのは決まっています。ストレスの抜け具合とかで魚のランクは変わってくるんです。ランクが下の魚も、洋食で焼いて食べるお店にまわせば、充分おいしい。そういう細かい選別は、たぶん僕じゃないとできないですね」


2歳の頃から漁の英才教育受けていました

そんな藤本さんのその目利きの能力は、一体どうやって磨かれたのでしょうか?

藤本「僕は、2歳の頃から漁に連れて行ってもらってたんですよ。じいちゃんから英才教育を受けていたんです(笑)。小さい頃から、楽しいぞ、漁はおもしろいぞって。普通、漁師は、いい魚は売る方にまわして、死んだ魚とか、値段のつかない魚を持って帰って食べるんですけど、じいちゃんは、『獲れた魚は、どれでも好きなやつを選べ』って言ってくれて、どんなに高価な魚を選んでも何も言わなかった」

なるほど! それでおいしい魚がわかる力が身についたんですね。

藤本「あとは、10年くらい前、いろんなところの魚を食べ比べたんですよ。年間300〜400万円 くらい使いました。豊洲、長崎、神奈川、明石、宮城、青森、北海道など、いろんな産地の魚を扱う人とFacebookで友達になって、『値段は高くていいので、いい魚を買わせてください』って。そうやっていろんな産地のいちばんいい魚を食べたので、魚のレベルがわかるようになったのもあります。結果、自分のところの魚がどれくらいなのかといったら、僕のところで2000円で売っているような魚が、豊洲では1万円で売っているような魚やったんですよ」

流通の過程で高くなってしまうわけですね。

藤本「はい。だったら豊洲で1万円の魚を、僕が直接8000円で売れば、ウィンウィンじゃないですか。で、それから後は、新規のお店に売る魚は、単価を倍に してみたんですよ。そしたらそれでもみんな喜んで買ってくれる(笑)。同じくらい『ありがとう』って言われる。これが商売なんやって(笑)。
実はそれは、神奈川の魚屋さんからのアドバイスだったんです。『藤本くん、安売りして営業妨害するのはやめてくれよ! 俺は藤本くんが3000円で売っているレベルの魚を、6000円で買って8000円で売ってるんだよって。だからお前は6000円以上で売れ』って(笑)。それもそうやなと思って。愛媛県内にはその値段で買える人がいなかっただけで、日本中探したら、なんぼでもその値段で欲しい人がいる。いま流通がしっかりしているので、その値段で欲しい人に届けられるようになったしね。同じ海でとれた鯛でも、僕のフィルターを通して選んだものだから負けることはないです。ときたまいいのがあるかもしれないけど、それは偶然だったりして、僕の場合は、僕がいいよって言えば絶対いいので。だから藤本の魚は、みんなが買ってくれるんです」

赤瀬「藤本さんの魚を食べるようになると他の魚が食べられなくなりますからね(笑)」

藤本「舌も育つんですよ。最初、うちの魚の価値がわからなかった人も、いまでは豊洲で買えなくなりましたって。『さあさあ。不幸の始まりですよ』って(笑)。今まで美味しかった魚が、雑味があるなとかになるんで。雑味とか酸味は、魚のストレスの味なんで。疲れとったら、ブリとかでも酸っぱくなる。それを、『さあ、爽やかな酸味です』って、売ってる店もあるんですけど。売り方次第なんです」

漁師と料理人は対等なんです。
嫌だったら買わなきゃいいだけ。

ちなみに、赤瀬大将は「この辺りの魚は一般的にはおいしくない」っておっしゃってましたが、藤本さんも同じ意見でしょうか?

藤本「そうですね。来島の魚は、平均点は低いです。あの速い潮流のなか身が引き締まりすぎて、柔らかさがない。旨みはあるんですが、旨みって難しくて、食べ慣れている人じゃないとわからない。平均的には、明石の鯛の方がずっとおいしくて、明石で100匹とったら70匹はそこそこうまいです。でも、この辺の魚で選び抜いたものは、明石だろうがどこだろうが、負けないですね。でもそういうのは売らないで僕が食べます(笑)」

魚の身を引き締めると言われる瀬戸内海の潮流。

え。食べちゃうんですか?

藤本「年に5匹とか10匹とか、誰にも売りたくない奴がおるんですよ。日本のどこのがきても負けへんぞっていう。以前、某三つ星シェフにめちゃめちゃ怒られたんですよ。『今日お世話になってる人が来るので、魚ない?って言われて、ないですって言ったのに、Facebookで『おいしいマナガツオ獲れた!」って投稿したら、『あるやないか!』って(笑)。でも最初から言ってるんですよ。僕は自分がおいしいもの食べたいけん、仕事するから。それが嫌やったら僕と取引せん方がいいって」

なんと。強気ですね!

藤本「お互い対等なんですよ。相手も断ってもらっていいし、ダメなものはダメって言ってくれればいい。お互いそこは真剣勝負なので遠慮はいらないです。僕も料理食べに行ってまずいものはまずいっていうので。僕は、自分基準があって、いくら高く売れる日でも、自分が思う値段よりも高く売ろうとは思わないんです。その代わり、安く売れる日でも、自分が思う値段より安く売ることはない。 市場の多い少ないではなくて、僕の基準で値段をつけていますね。それで嫌な人は買わなければいいだけなので。断ってくれれば、僕も違う人に売ればいいし」

とてもスマートな考え方をする藤本さん。話しているとどんどんファンになってしまいます。

「どんな魚がおいしいか」は、人によって違う。

藤本「いい魚ってどんなのですか?って言っても、人それぞれ違うんですよね。熟成させた魚がいいという人もいれば、新鮮でコリコリした魚がおいしいという人もいる。こっちではその状態を『魚がイカっている』というんですが、関東の人はあまりイカっていることにこだわりがないですよね」

それは文化的なことなんですか?

藤本「文化的ですね。西の方は活魚を重宝する文化なので。安い居酒屋さんとかでも、刺身はなるべくコリコリのものを使うんですね。熟成した時の旨味と、コリコリの時の旨味は全然違うんです。熟成したときの旨味は、グルタミン酸とかが多くなって旨味が出るという、科学で説明できるんですけれど、イカっているときの旨味はまだ化学が追いついていないので計測できないんですけど、絶対にあると思うんです。その時にしかない甘さが。それは3時間くらいで消えていく」

赤瀬「絶対ありますよね。どこの鯛がおいしいと感じるかどうかは、育った環境も大事なんですよ。例えば、どれも80点の鯛だとすると、自分が育ったところの鯛を大抵選びます。香りとか旨みというのは、自分が子どもの頃から食べてきたものに馴染みがあるので、そこの地域で育った人は、香り、旨み、同じ80点の鯛なら、自分の地域の鯛をおいしいと言います。ただし、100点の鯛が取れたときは、どんな人でも100点の鯛 をおいしいというんです。その違いです」

藤本「熟成信者の人は、イカってる魚は旨味がないっていうんですけど、めっちゃ甘いし、旨味もあるんですよ。で、そういう熟成信者の人に、『じゃあこれ食べてみて?』と言って食べてもらうと『なにこれ!』って驚かれたりするんですけど(笑)。そんな風に、人それぞれおいしいと思う魚は違うんです。両方のメリットもデメリットも知ってるから、両方の話ができるじゃないですか。でも自分本位で「いかってる魚が美味しくない」っていう漁師が多いから、それだと引き出しが狭すぎると思うんです。
僕は、獲るところから食べるところまで、ある程度のレベルでわかっているので、シェフと話もできるし、一回会ってそのシェフの料理食べさせてもらえれば、この人はこういう単価のこういう魚が必要なんだとわかるんです」

このノウハウがあれば、世界の料理が変わると思う。

そんなお2人がいま計画しているのは、海外進出だといいます。

藤本「海外で魚を仕入れて、僕らが締めて、色々処理して、捌いた魚を、現地の料理人に渡すんですよ。海外の人たちは、臭い魚だったり、ストレスを感じて、雑味やえぐみがある魚を、ソースやハーブや焼き方で誤魔化しているじゃないですか。でも僕らの魚を使えば、半分の火入れでよかったり、ソースも変わってくるだろうし、調理の仕方が変わってくると思うんですよ。世界の料理が変わると思うんです。海外のトップシェフも10人くらいツテがあるので。行くって言ったら、きてきてって言われるんで」

赤瀬「海外に僕らの知らない魚で、すごくうまいのがあるかもしれませんよね。きれいに処理したら」

藤本「海外に行ったシェフは、ガッツリ焼いた魚はおいしいのあるけど、持って帰った時点で、日本クオリティの魚はないって言う。だったらその国で船に乗せてもらって、魚を倍で買っておいしく処理すれば、3倍で売る商売が成り立つじゃないですか。現地の漁師も倍になるなら喜ぶし。それで海外のトップシェフの料理が多分変わるんですよ」

それはすばらしい夢ですね。そうなったらぜひその魚を、海外にも食べに行きたいです。どうもありがとうございました。

今治「あか吉」
https://s470300.gorp.jp/

道後「海舟」
http://dogokaishuu.com/