2025.09.29 |大三島で、「鶴姫伝説」の謎を巡ってみた!

大三島で、
「鶴姫伝説」の
謎を巡ってみた!

『鶴姫伝説』をご存知でしょうか?
今治は大三島に伝わる伝説の女性で、「瀬戸内のジャンヌダルク」と言われている存在です。幼少期から武術や兵法を学び、容姿も美しく力量に優れていたと伝えられています。

実はこの『鶴姫伝説』、舞台や映画にもなっている人気コンテンツ。1993年に日本テレビ年末時代劇スペシャル『鶴姫伝奇 -興亡瀬戸内水軍-』としてテレビドラマ化。鶴姫役は、なんとあの後藤久美子さんでした。さらに2009年からは松山市の「坊っちゃん劇場」でミュージカル化され、それ以来、何公演も上演されているヒット作に。2025年4月からはキャストが一新され「新鶴姫伝説」として上演されています。

テレビドラマ『鶴姫伝奇 -興亡瀬戸内水軍-』

今治にそんな『ベルサイユのばら』みたいなお話があったなんて。そこで今回は、鶴姫伝説を探りに、大三島にやってきました。

藤棚の公園から始める、

鶴姫ウォーク。

まずは、鶴姫の銅像があるという大三島藤公園に来てみました。案内していただくのは、「御島ガイドの会」の渡邉純治氏。

「ここは昭和62年頃からある公園です。長さ300mの藤棚があって、4月下旬〜5月初旬にはそれはもうきれいに咲いて、たくさんの人がここに集まってきます。昨年(2024年)は今治合併20周年記念の大三島藤まつりを開催しました。そのときは実証実験でライトアップもやりました」(渡邉氏)

なんと、昨年はちょうど20周年。歴史ある公園なんですね!
撮影した時期は冬で、藤棚の美しさがわからなかったので、渡邉さんが撮影した写真を見せていただきました。
たしかに美しい!

撮影時の藤棚公園

綺麗な時期の藤棚

そして藤棚の手前には鶴姫像が。
ちょっと大きめですね。

この銅像が「鶴姫」であるということは、今治の地元の方は全員ご存知なのでしょうか?

「どうやろうね。まあ、この近辺の人はわかっていると思いますが、市内の人はわかる人もいれば、そこまで知らない人もいると思います。鶴姫はね、まあ伝説なんやけど。大山祇神社の関係者が、昭和40年代の初めにこの鶴姫の話を小説に書いたんですね」

そう、この鶴姫伝説を有名にしたのは、『海と女と鎧 瀬戸内のジャンヌ・ダルク』という小説。作家は、大山祇神社の大祝職(大宮司)を代々受け継いできた家の末裔である三島安精という方で、1966年に書かれたそうです。三島氏は小説を執筆する際に『大祝家記』(おおほうりかき)という大祝家の家伝を典拠としたと述べていますが、その「大祝家記」は紛失され、存在を確認できていないとか。

三島氏の小説
「つる姫さま〜原題:海と女と鎧」

「それから、昭和50年〜60年代ぐらいになってるから、この鶴姫伝説を大三島町として盛り上げようという施策で、ここにいろいろ銅像などが建ったわけです」

なんと。鶴姫伝説は、町おこしの題材だったんですね。

見どころが多すぎる!

全国随一のパワースポット
大山祇神社。

さらに「鶴姫が実在した」証拠が、実は大三島にあると言います。
どういうこと?

鶴姫の実家であり、その証拠があるという大山祇神社へ行ってみましょう。

こちらは、以前もサイクリング企画のときに訪れた神社(記事リンクは文末)ですが、伊予国の一宮で、全国の大山祇神社、三島神社の総本社。サイクリストの守り神としても知られる、有名なパワースポットです。

先ほどの話では、鶴姫はこの大山祇神社の大祝安用の娘だったんですよね?

「はい、そしてここに鶴姫が着用したと言われている鎧が奉納されているんです」(渡邉氏)

なんと、本物の鎧が!? とりあえず神社に入ってみましょう。

「ここが大山祇神社の正門で、二の鳥居です。一の鳥居からは1キロくらい離れています」

大山祇神社の正門・二の鳥居。

「そもそもこの神社の成り立ちは、神話なのですが、オオヤマツミの神の娘で、コノハナサクヤヒメとイワナガヒメがいまして、コノハナサクヤヒメは本殿の裏側の方にお祀りしていて、こちらでは宮浦港の阿奈波神社にそのお姉さんのイワナガヒメをお祀りしてます」

神話上では、コノハナサクヤヒメとニニギノミコトという神様が一緒になって、初代天皇に繋がるお話なので、いかにこの大山祇神社の格式が高いかがわかりますね。

「ちなみにこちらの柱に書かれているのが、神社の正式な名前です。これ書いたのはあの伊藤博文さんなんですよ」

えっ。あの伊藤博文さんが?

「はい、明治42年に書かれたもので、伊藤博文さんの最後の書になります。この後、ハルビンで暗殺にあって亡くなっています」

大三島に来るたびにこちらの神社の前を通っていましたが、全然知りませんでした。
…というか、門だけでも見どころが多すぎて神社のなかに入れませんね。

「失礼。では入りましょう。こちらが絵馬殿です。いまは駐輪場になっています」

この駐輪場に飾られている大きな絵は、絵馬だったんですね!

「絵馬って、もともとこういうものだったんですよ。馬の絵を描いてなくても絵馬なんです。昔は、本当に馬を奉納していたのですが、それができなくなって、こういう絵を描いて奉納するようになったのが絵馬の始まりです。で、この絵馬は、神功皇后が三韓征伐に行くときの絵だと言われてます」

昔は願い事を描くものじゃなかったんですか?

「いまではまあ個人の願い事を書くものになっていますけれど、当時は、晴れてほしいときに白い馬の絵を奉納し、雨が降ってほしいときは黒い馬の絵を奉納していました」

元寇の役の折に勝利に導いたとされる
白鷲の絵馬

知らなかった発見が、いっぱいありますね!
…というか、渡邉さん、鶴姫伝説より他の解説したくなってません?

「いやいやこの神社には見どころがいっぱいあるんでね。鶴姫の話に戻すと、以前はこの神社を拠点に、三島水軍鶴姫まつりを開催していたのですが、コロナのときは中止になって、で、いまは宮浦港だけでやっていますね。昔はここから行列を作って、港まで行っていたのですが」

三島水軍鶴姫まつりは、毎年10月に開催され、寄せ太鼓の演奏を皮切りに、獅子舞や、地域のバンド、ダンスチームによるパフォーマンスも見られるイベントです。地元の人気店が出店する「鶴姫マルシェ」もあり、フィナーレには花火も見られるそう。一度来てみたいですね。

三島水軍鶴姫まつり

また、大山祇神社といえば、一人角力(ひとりずもう)の神事も有名です。目に見えない稲の精霊と力士が相撲を取るというユニークな形式で、豊作を祈願するお祭りなのだそうです。

入り口付近だけでも、こんなにさまざまなエピソードのあるこの神社。進んでみると、緑豊かでいい気が巡っているような荘厳さがあります。石畳の道も、工事が終わったばかりでとてもきれいです。

「ちなみにここの楠は、国の天然記念物になっています。あそこの大きな楠は樹齢2,600年の神木ですね」

あの息を止めて3回まわると願いが叶うと言われている楠ですよね。

樹齢2600年の楠。

そしてこちらが本殿です。入り口からして、すごく神々しいですね。

「あのしめ縄はね、昔はこの辺りで作っていたのですが、減反政策などの影響で稲わらを作る人がいなくなってしまい、いまは出雲の方に依頼して作ってもらっているんです。あちらに職人がいるので」

なるほど。しめ縄はお米作りと関係あるんですね。確かに出雲大社にある大きなしめ縄と似ていますね!

鶴姫の鎧が実在!?

国内の8割の文化財が
展示される宝物館

本殿でお参りを済ませた後は、その裏にある宝物館の方へ。道すがらにも重要文化財の宝篋印塔がありました。

重要文化財に指定されている宝篋印塔

その先に、なんだか個性的な建物が見えてきました。

海事博物館

「あれは海事博物館といって、昭和天皇の御採集船「葉山丸」を永久保存しています。昭和天皇は戦前戦後、海洋生物の研究されとったんです。で、そのとき使っていた海洋研究採集船がここに奉納されているんですね。大山祇神社の神は、伊予の風土記のなかで、海を守る神様だと言われていたので」(渡邉氏)

国宝館

「向こうの朱色の建物が、国宝館というもので、大正時代に皆さんの寄付金によってできたものです。あのなかに鶴姫の鎧があります」

こちらの国宝館と紫陽殿には、鎌倉から戦国時代を代表する名品が展示されており、なんと全国の国宝・重要文化財に指定された武具のうち、8割がここに所蔵されているのだとか。

残念ながら館内は撮影不可だったのですが、確かに「鶴姫の鎧」がありました。「紺糸裾素懸威胴丸(こんいとすそすがけおどしどうまる)」というもので、他の鎧に比べるとウエストがきゅっと細く、小ぶりのサイズです。

こんな鎧が実際に見られるなんて、感動ですね!

鶴姫の鎧「紺糸裾素懸威胴丸」※大山祇神社所蔵 (画像提供:艸藝社)

美しい景色をながら歩く
鶴姫ロード

さて、宝物館の脇の通りから歩いていくと、見晴らしのいいまっすぐの道が出てきました。

「ここが鶴姫ロードです。鶴姫公園に向かう道ですね」(渡邉氏)

なるほど、この道には何体もの鶴姫の銅像がありました。でも、それぞれ少しずつ顔が違いますね?

「作った時期が違うので、作家が違うんですね。藤公園の鶴姫が一番美人です(笑)」

そ、それは渡邉さんの感想ですよね? でも、それぞれ自分の好きな鶴姫を見つけるのも、おもしろいかもしれないですね。

そしてこちらの地図の下には、和歌らしきものが。

わが恋は三島の浦のうつせ貝 むなしくなりて なをぞわづらふ

「これは鶴姫の辞世の句だと言われています。鶴姫は18歳のときに、亡くなった恋人を追って、海に消えたというお話ですから」

なんと、鶴姫はそんな悲しいお話だったんですね…!

そう、鶴姫は、戦死した恋人・越智安成(おち やすなり)の後を追って入水自殺したというストーリー。大三島の浜辺に打ち上げられた「うつせ貝(中身のない貝殻)」に自身の空虚な心境を重ね合わせ、生きながらえることが虚しくなった心境を詠んでいるとか。切ないですね…!

鶴姫公園と宮浦港で浸る、

切ないストーリー

そしてその先に進むと、ありました、鶴姫公園が。

川を挟んで、鶴姫の先にもう一体、銅像がありますね。あれが恋人の越智安成でしょうか。

二人が見つめ合っているように見えますが、少し距離がありますね。

「本当はここは池で、水が張ってあったのですが、いまは水がなくなっていますね。恋人が戦死したあと、自身も夜、小船で漕ぎ出し、お母さんの形見の鈴を胸に抱いて、海に消えたというストーリーなので、そこを描いているんでしょうね」(渡邉氏)

うーん、ロマンチックで切ない…。なんだか鶴姫にハマってきました。

「宮浦港に行くと、本当に海を見つめる鶴姫がいますよ」

では、最後に宮浦港に行ってみましょう。

宮浦港に着くと、確かに、海の向こうに切なく佇む鶴姫の像が…。あそこまで行ってみましょうか。海沿いの歩道を歩いていくと、鶴姫の像のところまで辿り着きました。

近くで見てみると、お、大きい。

人間の等身大よりもだいぶ大きな鶴姫像がありました。港側からよく見えるように設置してあるんですね。その眼差しは、真っ直ぐ宮浦港を見つめているようにも感じられます。

伝説の鶴姫を追ってきたら、風光明媚な場所をたくさん歩くことができ、なんとなく大三島の観光もできてしまいました。こんな島の巡り方も楽しいですね。

大山祇神社
https://oomishimagu.jp/

大三島藤公園の花だより
https://www.city.imabari.ehime.jp/kouen/omishima/

鶴姫公園
https://www.city.imabari.ehime.jp/kanko/spot/?a=246

IMABARILIFE大山祇神社の記事:神様の島で、聖なるパワーを充電する。
https://www.imabaritowel.jp/imabari_life/imabari/imabari_life/imabari1245


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